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新井 仁

一般向け3D顔スキャンの先端を探る

多くのメガネD2Cブランドやフェイスマスク、化粧品メーカーなどが、スマートフォンやPC付属のカメラで顔の3Dスキャンを行うことでカスタムフィットを作る夢を見ています。しかし、なかなか成功事例が見当たりません。多くの企業が夢見てやまないこの険しい道を、リテールDXの観点から少し紐解いてみたいと思います。


産業用・医療用3D顔スキャナー


3Dスキャナー自体は特に目新しい物ではなく、産業用・医療用の機器が存在しています。キーエンス社やArtec社、MetraSCAN3D社などが製品を販売していますが、例えばArtec 3D社の最も安価なモデルでも価格が1万ドル(日本円で約100万円)を超えることも珍しくなく、またスキャンしたデータをソフトウェアで処理して3Dモデル化する必要があるなど、決して一般消費者が気軽に扱えるような代物ではありません。またBellus3D社はもう少し安価ですが、それでも$4,988からです。


これらの産業用・医療用3Dスキャナーは、多くやレーザー光線を対象物に照射し、その反射までにかかる時間を測定することで対象物の形状をデータ化しているようです。その用途からか、非常に精度も解像度も高い様子が伺えます。例えばMetraSCAN 3D社の技術仕様によると、精度0.025 mm、測定解像度 0.025mm とのこと。驚くべき精度です。



ベンチャー企業による挑戦

Fuel3D社の3D顔スキャナー
Fuel3D社の多角画像撮影機。筆者撮影

3Dスキャンを、もっと身近に手軽に近づけようとしたベンチャー企業がありました。イギリスに本拠を置く、Fuel3D社です。同社は、複数台のカメラを同期させ、同時に多角度からの写真を撮影して解析することで3Dスキャンを可能にしようとしました。産業用・医療用のレーザー光線式と比べると機器を安価にすることができ、同社によればスキャナーのコストを1/10以下にすることができるとのことでした。


同社の製品は私も体験したことがあります。特徴的なのは、撮影時にマーカーが必要なこと。以下の写真にある通り、被写体である私はアゴのところに黒い正方形のマーカーを掲げています。おそらく、このマーカーをもとに角度やサイズを測定し、3Dモデル作成に役立てているのだろうと推察します。

Fuel3D社モデリング
Fuel3D社の3D顔スキャナーによる合成結果。筆者撮影

しかし、同社はある時この製品を開発していたチームを突然解雇、事業の方向性を大きく変えたと聞きます。現在はカメラを用いた一般向けの3Dスキャナー製品・サービスは提供していないようです。





3D顔モデル作成ブース

なお、これと類似の方式はミニプロジェクター内蔵メガネのスタートアップ、North(現在は事業クローズ済み)でも採用されていました。同社のメガネを購入する際には、一度彼らのオフィスないしポップアップストアを訪問し、多角カメラが設置されたブースにて顔の3Dモデルを取ってもらう必要がありました。

North社製 Focal
North社によるFocalの解説。筆者撮影

North社のミニプロジェクター内蔵メガネFocalは、写真の通り右側のつるの顔側に小さなプロジェクターが内蔵されています。また、右目側のレンズには、外側からの光は投下しつつ内側からの光(プロジェクターが投影する光)は反射する特別な素材が練りこまれており、プロジェクターの映像が目に入っていく仕組みになっています。


しかし、この映像をきちんと目に入れるのが非常にデリケートで、ちょっとでも光線がズレると映像が結像せず、見えません。このため正確なフィッティングが必要だったようで、3D顔モデリングによるカスタムメイドフレームを作る、という戦術を採った模様です。



North社の3D顔モデル撮影ブース
North社の3D顔モデル撮影ブース。筆者撮影
North社による筆者の顔モデル
North社による筆者の顔モデル。筆者撮影

ブースの写真を見て頂いてわかる通り、前方正面と左右にカメラのある穴が多数存在しています。Fuel3Dと同じく、多角度からの写真をもとに3Dモデルを生成しているのであろうことが伺えます。


しかし、North社もGoogle社に買収されたあと、事業を停止しています。私も同社のFocalは購入していたのですが、最終的には全額が返金されました。Google社の寛大さが伺えますが、おそらくはNorth社が保有していた知的財産や技術が必要だったのでしょう。


Fuel3DもNorthも、一般向けの製品・サービスとしては上手くいきませんでした。その理由は明白で、専用機材が必要というハードルが高すぎたこと、撮影した画像をもとにモデリングするのに5分などと時間がかかること、モデリングに専用のソフトウェアが必要となること、などが挙げられると思います。一般消費者向けのプロダクトがなかなかイメージできない=事業性がない、ということなのでしょう。



Apple社 TrueDepthセンサーの登場


さて、そんな中、AppleがTrueDepthセンサーをiPhoneに搭載して発売します。2017年11月3日に発売されたiPhone Xは、初めてホームボタンを廃したiPhoneですが、同時に初めてTrueDepthセンサーを搭載し、Face IDという顔認証の仕組みを搭載したモデルでもあります。



TrueDepthセンサーの構成要素。出典:Apple社発表資料より

TrueDepthセンサーとは、赤外線カメラ、30,000点を超えるドットプロジェクター、近接センサーなどを組み合わせたモジュールです。Appleはこれを用いて、顔認証によるアンロック機構であるFaceID、テキストメッセージツール上で使えるアバター機能、MeMojiなどを実現しました。ドットプロジェクターによる点とその反射をもとに、顔の3Dモデルをデータ化することができるようです。


これの動きを見るには、Captureアプリを使うのが最も分かりやすいでしょう。以下が、私の顔をスキャンした結果です。


CaptureによるTrueDepthセンサーを用いた3Dスキャン

二つのスクリーンショットを横に並べてみました。このデータは、夜中に部屋の電気を消して、ほぼ真っ暗な状態で撮影しています。これにより、通常の撮像素子を用いたカメラ画像だけではない「なにか」を使っていることがお分かりいただけると思います。それがどっとプロジェクターです。


Appleは、このTrueDepthセンサーをアプリ開発者に開放しており、開発者はそのセンサーの測定結果をARKitというAPI群を用いて扱うことができます。それを使って開発されたひとつのアプリケーションが、DottyAR社が提供している EyeMeasure です。



EyeMeasureによる筆者のPD(両眼距離)の測定

このアプリはTrueDepthセンサーを利用するため、iPhone X以上でなければ動きませんが、相対的な参照オブジェクト(Fuel3Dのマーカーのようなもの)を必要とせずに、0.1mm単位の測定が可能です。なお、測定されている 64.3mm という数字は私が眼科で測定してもらった数字(64mm)とほぼ一致しています。素晴らしい精度ですね。



プロダクトはそう簡単ではない


さて、こうした測定技術は多数あり、TrueDepthセンサーの登場により精度も向上してきていることが分かりました。では、当然次は、この技術を使ったカスタムメイドなメガネや帽子、ヘルメットなどのプロダクト開発はどうなんだろう、という発想になるのが自然です。


それにチャレンジしているのがToplogy Eyewearです。同社はサンフランシスコベースのスタートアップで、当初はTrueDepthセンサーを用いずにスマートフォンのインカメラによる180度顔動画を使って3Dモデルを作っていたようですが、現在はTrueDepthセンサーを用いて、かつBellus3D社の技術で精度を高めています。Topology Eyewearのアプリの中でBellus3D社のロゴが出てきます。


しかしながら、スキャンの精度は十分なのかもしれませんが、それをプロダクトに落とし込むところにまだまだ未成熟さを感じます。


こちらが、私の3D顔モデルをもとに作られたカスタムメイドのメガネです。事前に私の耳に合わせてフィッティングされた状態で届いていて、確かにカーブが始まる位置はぴったりなのですが、耳の後ろの部分(つるの終端が膨らんでいる部分)が耳にあたり、不快感があります。


Topology Eyewearのメガネ

また、下の写真を見て頂くとわかるのですが、つるがレンズの部分から耳に向かって直線的な造形になっており、私のコメカミにやや食い込んでいます。このため、メガネが前に押し出され、鼻からずり落ちてきてしまい、あまり快適とは言えません。

Topology Eyewearのメガネ

Topology Eyewearのカスタムメイドメガネは1本$500以上と、メガネの中では高価な部類です。その対価で受け取る製品がこれでは、落胆も大きいというもの。



プロダクトの価値を高めていく必要あり


このように、いかに技術が進んで精度が高まって数字は正確なものが作れたとしても、それを使って価値あるプロダクトとして形にするのは、もうワンステップ熟練が必要です。ここはテクノロジーやエンジニアリングだけではどうにもならない、製品固有の課題があります。ここからもう一歩踏み込んでプロダクトマーケットフィット(PMF)を行っていくことで、初めて価値ある製品となり、市場性が出てくる。こうした3Dモデルを用いたD2CやEコマースがなかなか飛び立たないのは、このPMFが不足していて、まだまだ技術に振り回されているためではないか、あるいはPMFをしたとしても十分な市場性がないことが多いのではないか(そこまでカスタムメイドなものを消費者が求めているのか?)、というのが私の所感です。


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