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新井 仁

Pebbleの創業者自らが語るその成功と失敗を考察する

2016年12月当時の私の考察と、2017年に書いて2022年に公開した創業者自らの振り返りを照らし合わせてみたいと思います。


敗軍の将は兵を語らず…自らを語る



Pebbleの創業者で現在はY Combinatorのパートナーを務める Eric Migikovskyが、PebbleのKickstarterローンチからちょうど10年の記念日となる2022年4月11日に、自らの失敗を振り返るMediumの記事を公開しました。


どうやら彼自身はこの記事を2017年、つまりPebbleの事業停止を決断した数か月後には書いていたようなのですが、その後5年間公開せずにいたようです。いみじくも、私は2016年12月に私なりの考察を書いていたので、事業停止を自ら判断した創業者の考察と私の考察を比較し、私なりに「彼がなぜ失敗したのか」を考察してみたいと思います。


※ちなみにEricのMediumは、TL:DR(Too Long; Doesn't Read=長すぎて読めないという人向けのサマリー)部分より The Longer Story のほうが圧倒的に面白いです。TL;DRは要約されすぎている一方、The Longer Storyには彼の思いがたくさん述べられています。



2016年時点での私の考察

当時、私はPebbleの失敗要因をこう書きました。


  1. BtoCハードウェア単体の販売では事業継続できない世の中になった

  2. 「腕時計」は単体では腕時計以上になり得ない


ハードウェア単体では付加価値を生み出せず、また腕時計単体では「ただの時計」以上の付加価値を生み出せない。よって、フィットネストラッカー機能などの継続的にサービスを提供でき、継続的な収益を生み出せるハードウェアになれなかった、できなかったから失敗したのではないか…と述べています。


さて、創業者Eric Migikovsky自身はどのように考えたのでしょうか。



まずは私の考察の「答え合わせ」

いえ、正解などないのは分かっています。創業者の振り返りが正解とも思いません。ただ、少なくともEric自身は私と同じようなことを考えていたことが分かります。


Mediumから引用します。

..., but long story short Pebble was on the ‘consumer electronics’ release cycle. We had to launch new products each year in order to make money. Instead, we could have charged a subscription or created enduring product lines that could be sold year-over-year.
(意訳)かいつまんで話すと、Pebbleはいわゆる「家電リリースサイクル」にいました。つまりお金を生み出すために、毎年の製品リリースをする必要があるというものです。しかしながら、我々はサブスクリプション型の課金をしたり、長い年月の間販売し続けられる製品を作ることもできたはずです。

私が考えていたことの1つ目、「ハードウェア単体ではビジネスにならない」ということはEricも考えていた、ということができると思います。


一方「腕時計は腕時計以上の付加価値を生み出せない」については、私の考えは少し浅かったと思います。


少々長いのですが、再びMediumから引用します。


In 2013, Pebble was the cool nerdy colourful watch that your coworker kept looking at during lunch. In 2014, Pebble Steel got shinier but still had a geek core (the box proudly displayed a Bitcoin tracker app). Around this time Apple came out with the Apple Watch and we thought the smartwatch market was about to explode. So in a quest for big sales growth, we figured our 2015 strategy would need to shift focus to a broader market, away from our core early adopter market positioning.
(意訳)2013年当時、Pebbleはちょっとカッコいい、オタク好みのカラフルな腕時計で、同僚からランチ時にちょっと話題にされるような製品でした。2014年には、Pebble Steelという製品でさらにキラキラした、しかしまだテッキーな印象の製品でした(当時まだ一般的でなかったBitcoinの価格表示アプリを外箱に印刷して使っていたくらいです)。そしてこの当時、AppleがApple Watchを発売し、我々も「いよいよSmart watch市場が爆発的に広がるぞ」と思ったものです。そのため、より大きな売上成長を見越して、2015年当時の戦略を「アーリーアダプター向けからより幅広いマーケットにシフトしよう」となったのです。
We settled on efficiency and productivity.
(意訳)我々は「仕事効率化」をターゲットマーケットに設定し、ポジショニングしました。
Pebble Time included our new timeline-based operating system that let you perform short, quick interactions (checking weather, calendar, sports, Uber) on your Pebble. We figured this would give us competitive differentiation from sports focused wearables and be useful for a broader set of users. While this software was certainly useful and made sense in the context of a watch, it was exceedingly difficult to explain why customers should care. It failed the ‘make something people want’ test. It was cool and some people used it a lot, but ‘I want my smartwatch to be more efficient’ was not a widespread hair on fire problem. We didn’t do our product research, we didn’t talk to enough of our users.
(意訳)Pebble Timeという製品は、時間をベースにした機能を作るOSを持っていました。それは天気をチェックしたり、カレンダーを見たり、スポーツの結果を見たり、Uberを呼んだりといった短いクイックなやり取りを実現していました。当時、我々はこのOSがフィットネストラッカーやスポーツ向けスマートウォッチに対して差別化要素になると考えていて、より多くの人に役に立つものになると思っていました。確かに腕時計という文脈で見た時にこれらは有用だったのですが、顧客視点で本当に有用かを説明するのはとてもとても難しいものでした。確かにちょっとカッコいいし、確かに一定のユーザーはよく使ってくれたのですが、「私のスマートウォッチはもっと効率化に役立ってほしい」と思っている人はそれほど多くはなかったのです。我々はユーザーリサーチをしませんでした。我々は、ユーザーとの対話を充分にしていませんでした。
We weren’t the only one with positioning problems. Look back at the original Apple Watch marketing. ‘Most precise timepiece ever.’ Ultra luxury $17,000 gold models. LVMH partnerships. Thousands of apps on your wrist. $350+ price point. It took Apple 2 years to reposition as a sports/fitness device. This turned out to be the largest market for wearables in 2016/2017. We eventually got there as well with Pebble 2 and Pebble Core but it was too late for us. This delay was solely my fault; my team had been pressuring me in 2015 to adopt a sports/fitness focus but I resisted, unsure of how we could differentiate and optimistic that our efficiency focus would work out.
(意訳)実をいうと、このようなポジショニングの問題を抱えていたのは我々だけではありませんでした。Apple Watchの初期のマーケティングを見てください。「最も正確な時刻」と謳い、超絶ラグジュアリーな $17,000(約200万円)のゴールドモデル。ルイ・ヴィトンコラボ。手首に数千のアプリ。$350からという価格。Appleをしても、Apple Watchをフィットネストラッカー、スポーツトラッカーにリポジションするのに2年もかかりましたが、その結果、2016~2017年のウェアラブルマーケットの最大のプレーヤーになりました。我々もPebble 2とPebble Coreでそこを狙ったのですが、残念ながら遅すぎました。この遅れは完全に私の責任で、2015年の段階で私のチームはそちらに向かうべきだと主張していました。私はフィットネス方面での差別化ができないのではないかと思っていたし、仕事効率化の方面に楽観的でいたので、それに反対したのです。
2022 addition: It’s funny looking back on what I wrote back in 2017. I don’t think we would have really succeeded as a fitness watch even if we had doubled down on it in 2015. We weren’t a fitness company at our core.
(意訳)2022年に追記:2017年当時書いていたものを今から見返すのはとてもユカイです。今となって思えば、仮に2015年にフィットネス方面に舵を切っていたとしても我々は成功していないでしょう。我々は、本質的にフィットネスの会社ではなかったのです。


つまり、Ericは「腕時計に腕時計以上の付加価値をつけるべきだった」という私の主張については「その通りかもしれないが、その付加価値のつけ方が誤っていた」という意見を持っているように私は感じます。つまり、「腕時計に、カレンダー予定チェックやUberを呼ぶといった仕事効率化という付加価値をつけようとしたが、それがそもそもユーザーが求めているものじゃなかったんだよ。それはApple Watchがフィットネス・スポーツトラッカーのポジションに舵を切って成功していることが証明している」という主張です。



私は、これは違うと思います。いったいどれだけのApple Watchユーザーが、それをメインの利用用途として、フィットネストラッカーとして認識しているでしょうか?むしろ、スマートフォンを取り出さずに通知だけクイックに見たり、電話の着信を見たり、カレンダーの予定開始通知を見て会議の準備をしたり、といった、おそらくはEricが「仕事効率化の機能」と定義した用途のほうがユースケースとしては多いのではないでしょうか。それに、フィットネストラッカーやスポーツトラッカーが主目的なのであれば、FitbitやGarminがAppleに勝っているはずです。それらのほうがフィットネストラッカー、スポーツトラッカーとしてより高性能ですから。

(これは正直Apple Watchのユーザーリサーチなどを見てみたいと思います。もしかしたら、国によって事情が違うのかもしれませんが)



さらなる学び

一方で、私の外野からの浅はかな考察では到底及び得ない、より深い学びがEricのポストにはあるように思います。彼自身、いくつかの学びを述べていますが、私はその中から「失敗の根本要因」、真の根っこを挙げるとするならば「ユーザーを無視して急激な事業拡大を狙ったこと」があるのではないかと思います。


ちょっとランダムなのですが、Eric自身が書いている「大きな学び」を引用します。


Forecasting. This is the single most difficult challenge for a consumer hardware company, especially if it has a retail presence. There’s no silver bullet solution that I know of. We should have made smaller inventory purchases, risking less. We should have reacted quicker. And developing a shorter lead time supply chain would have helped a lot. Reducing the number of SKUs that you offer helps tremendously.
Don’t grow OPEX unless your revenue continues to grow. Duh. Seems obvious but still I screwed this up.
Losing profitability didn’t help, but probably wasn’t the biggest problem. I got onto the VC fundraising treadmill without really acknowledging it, and didn’t create a fundraising strategy to support us.
Market positioning. We forgot the cardinal YC rule: talk to customers. Build something people want. In 2015, we had the option to narrow our focus to a smaller but more distinct market positioning. Looking back, this is one of my biggest regrets. We could have been the smartwatch for hackers but we tried to grow our volumes and market share (and failed).

この中の最後の「Market Positioning」が、私が考えるPebble失敗の真因です。

(意訳)市場におけるポジショニング。我々はY Combinatorの極めて重要な法則を忘れていました:顧客と対話せよ。人々が望むものを作れ。2015年当時、我々はもっと小さな、しかし明確に収益性のある市場ポジショニングを取れたはずです。振り返ってみれば、これが私が考える最大の後悔です。我々は、いわゆる「ハッカー向けスマートウォッチ」を作っていくこともできた。しかし、我々はさらなる拡大と成長を目指してしまったのです(そして失敗したのです)。

  1. 顧客との対話なしに市場ポジショニングを定め

  2. それにより経費が増え、収益性を失い

  3. 販売予測を誤り過剰在庫を抱えて資金繰りが悪化し

  4. 結果破綻した…


そういうことなのではないか、と思い至った次第です。そして、Eric自身もそれが最大の後悔だ、と述べていますね。



「事業の急成長は本当に人を幸せにするのか?」


これは全スタートアップメンバーが、自身に問うべき疑問だと思います。

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