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決済サービスStripeの評価額950億ドルを分析してみた

更新日:4月29日

2021年3月、オンラインの決済サービスを提供するStripe社が950億ドル(約10兆2千億円)の時価総額評価額で6億ドルの資金調達を行い、当時のユニコーン企業として最高評価額を得た資金調達として注目を浴びました。このStripe社の詳細を紐解き、なぜここまで高い評価額が付いたのかを彼らのビジョン・ミッションとプロダクトの観点から読み解いてみたいと思います。


Stripe社のサービス概要


投資家視点の論考はすでに多数出ていますので、ここではStripeを使うユーザーや同社サービスを用いて商品・サービスを販売するマーチャント(加盟店)、プラットフォームの視点でStripeのサービスを見てみましょう。


現在、同社のサービスメニューは以下のようになっています。


StripeのProductメニュー(2021年4月現在)
  • Payments = ECサイトやスマホアプリでの販売に使う。ShopifyやInstacartが採用している

  • Terminal = 店頭での販売に使用、カード読み取りデバイス等もStripeから購入可能

  • Connect = LyftやDoordashなど、お金を払う人と受け取る人をつなぐプラットフォーム向けの決済機能

  • Billing = 毎月や毎年など、定期的な請求を行うサービス向けの決済機能

  • Invoicing = 企業間取引の請求書発行機能。(私はこれを使ってクライアントに請求しています)

  • Corporate Card = 企業が社員に対して貸与するクレジットカード発行機能。経費管理に使用できる

  • Capital = 企業向けの資金融資サービス

  • Issuing = マーチャントブランドのクレジットカードを発行できるサービス。マーチャントのWebサイトやスマホアプリから発行手配が可能

  • Treasury = マーチャントが、その顧客に金融サービスを提供できるようにする機能。例えば、ShopifyがShopify上にユーザーの残高を保有したり、その残高から支払いをしたりといった機能を提供しており、その裏側にはこのStripe Treasuryがある

  • Radar = 機械学習を利用し、カード不正使用などを検知しブロックするサービス

  • Sigma = Stripeの各種サービスのデータを分析するためのツール。受注済み未回収の金額の集計や未払い請求書などを簡単に集計できる、マーチャントの経理担当者向けの機能

  • Atlas = 法人設立代行機能。デラウェア州への法人登記、納税者番号(Tax ID)取得、Stripe上の口座設立などをワンストップで対応可能(Arai & Associatesは本機能は使っていませんが、類似のサービスを使って設立しました

  • Climate = 環境に悪影響を及ぼすといわれている二酸化炭素排出削減を支援する機能。例えば、このサービスを使うと「当社は売上の1%を二酸化炭素排出削減を目的とした寄付を行います」と簡単に言うことができる


もはや、考え得る企業取引のすべてをオンラインで、API経由なりWebブラウザの画面なりから行うことができる、といっても過言ではないでしょう。それもそのはず、Stripe社はMissionに「インターネットのGDPを増やす」とあります。




GDPとは、通常ひとつの国の中で、一定期間に生み出された付加価値の総和(リンク先は内閣府のWebサイト)です。Increase the GDP of the internetということは、インターネット上でのモノ・サービスのやり取りを増やす、ということになろうかと思います。


このMissionに照らすと、インターネット上でのモノ・サービスのやり取りを増やすためには様々な形態のオンライン決済を簡単に実現できるようにし、その帰結として全方位のオンライン決済サービスを用意した、という戦略が伺えます。合理的で整理された方針です。



以上のように、Stripe社は多様な決済サービスを提供しており、全方位でインターネット上の取引をサポートしようという姿勢は分かりました。しかしながら、これだけであればPayPalやAuthorize.netといった既存の決済基盤とそう大きくは変わりません。また、決済にかかる手数料もPayPalとほぼ同一水準です。それでもなお、Stripe社の評価額が当時最高を記録した理由は何だったのでしょうか。


私は以下3つの要素があると考えています。

  1. Developer First →結果広がる

  2. ネットワーク経済性 →結果使いやすい

  3. 多国展開 →結果スケールする

それぞれ詳しく見ていきます。



Stripeの特徴1:Developer First


これはStripeがProduct Market Fitを考え抜いた末のことだと思うのですが、Stripeのプロダクトはどれも開発者向けのAPIドキュメントが非常に充実しています。サンプルコードも、各種プログラミング言語ごとに用意されています。


Stripeの開発者向けAPIドキュメント

さらに、このAPIドキュメントはStripe社のプロダクト全てをカバーしており、前のセクションで紹介したサービスの機能は(厳密にはClimateを除き)すべてAPI経由で利用可能なようです。


ほぼ全てのProductが利用可能



また私のアカウントでは日本語と英語でヘルプが読めます。日本語の場合、日本の「特定商取引法」に関するドキュメントや「改正割賦販売法」など、日本の関連法規に関するドキュメントも用意されており、ローカライズがなされています。



改正割賦販売法に関する説明


決済サービスは、それ単独では成り立たず、モノやサービスの提供側、あるいは取引仲介プラットフォームが組み込んでくれて初めて成立するビジネスです。提供側が望む決済サービスを揃え、それらの「組み込む」ハードルを下げることこそがStripe社のProduct Market Fitであると言えるかと思います。



Stripeの特徴2:ネットワーク経済性


ネットワーク経済性とは、グロービスによる定義をお借りすれば「利用者が増えれば増えるほど、個々の利用者の利便性が増す」ことを指します。Stripeは前述の「Developer First」により採用する既存サービスがどんどん増えており、「あのサービスがすでに自動的につながるなら我々もStripeに対応しよう」というインセンティブが働く状態が生まれています。


卑近な事例で恐縮ですが、私が自分の会社でクライアントに対してInvoice(請求書)を発行しようとした際、いくつかの選択肢を検討しました。私の会社のメインバンクにはBank Novoというオンライン専業の銀行を利用しているのですが、そのBank NovoはStripeとすでに接続されており、Stripeのアカウントを登録することでほぼ全自動でセットアップが完了してしまいした。


その結果、StripeのInvoicing機能が持つ各種通貨ベースでのInvoice発行が可能になりました。私はStripeのサイトから必要情報を入力してInvoiceを発行。そのInvoiceに対する支払いがStripe上で行われると、自動的にBank Novo側に通知が入り、入金まで完結してしまう、という流れです。


Bank Novoのダッシュボード。Stripeのサマリが見られます


Stripe上では、どのInvoiceが発行済みで、どのInvoiceが支払いまで済んでいるかといった進捗管理、残高管理が可能です。また、この情報はBank Novo側にも連携して表示されるので、私はBank Novoの管理画面から、いつ頃どのくらいの現金残高になる見込みか、といった口座管理を実現できます。


StripeやBank Novoがなかった頃は、こうした残高管理や口座管理は高価なERPシステムを導入し、ITの専門家に依頼して設定することで実現していました。それが今や、多数のプレーヤーがStripeとつながっていることで、ITの専門家を雇わずともそうした財務管理が実現できてしまうのです。典型的なネットワーク経済性が働いた事例かと思います。


また、StripeはShopifyやDoordashでも利用されています。Shopifyを利用してモノを販売すれば、それはBank Novoに自動的に入ってきます。レストランやカフェなどでDoordashを使ってオーダーを受け付けていれば、その決済金額はBank Novoに自動的に入ってきます。まさにインターネット上で何らかの取引をしようとするならば、Stripeを利用しておいたほうが便利なわけです。




Stripeの特徴3:多国展開


もうひとつ、Stripeが高い評価額を得られた要素に、多国展開が挙げられると思います。もともとStripeの創業者兄弟はアイルランドの出身で、シリコンバレーで起業したそうです。

直近の資金調達で得た資金は、アイルランドの首都Dublinに置く2つ目の本社機能の強化に充てると報道されています。

Stripe社共同創業者、Patrick and John Collison


MarketWatchの記事によると、現在Stripeは42か国でサービスを提供しており、そのうち31か国はヨーロッパであるとのこと。2021年3月の資金調達で得た資金は特にヨーロッパでのオペレーションを強化する狙いがあるようです。

現在Stripeのサービスを利用可能な国の一覧はこちらから。日本も含まれます)


彼らがMissionに見据える「インターネット上のGDPを増やす」。もちろん、インターネットに国境はありません。しかしながら、決済には通貨や国境があります。彼らのMissionを達成するには、多国展開がどうしても必要です。


そして、利用者側からするとこの多国展開も大きなメリットです。自社のシステムやShopifyのようなプラットフォームが標準で多くの通貨、多くの国での決済に対応していれば、そうした国への越境販売やサービス提供のハードルは大きく下がります。もちろん、決済以外にも配送や在庫管理など考えることは多くありますが、それでも決済をStripeですべて管理できるとなれば、業務負荷は大きく下がることでしょう。


こうした多国展開も、さらなるスケールを可能にしていると言えると思います。



950億ドルという評価額


冒頭にも記載した通り、直近の資金調達でStripe社は950億ドル、日本円で約10兆円以上という途方もない評価額を記録しました。2021年4月時点での日本企業の時価総額上位ランキング(日経新聞社サイト)を見ると、以下のような顔ぶれです。


  1. トヨタ 約27兆円

  2. ソフトバンクグループ 約20兆円

  3. ソニーグループ 約15兆円

  4. キーエンス 約12兆円

  5. NTT 約11兆円

  6. ファストリテイリング(Uniqlo) 約9.5兆円

  7. リクルート 約8.5兆円

  8. 任天堂 約8.2兆円

  9. 三菱UFJ 約7.9兆円

  10. 日本電産 約7.8兆円


名だたる大企業が名を連ねており、Stripe社の企業評価はNTTやファストリテイリングといった企業と同等レベルにあるというわけです。前述の特徴3点だけで、本当にここまでの企業評価を受けられるものなのでしょうか?


ここで、トップダウンの思考でStripeの潜在能力を試算してみようと思います。


世界銀行の推計によると、全世界のGDP合計は2019年で 87.735 Trillion USD と見積もられています。米国では 1 Trillion = 1兆 ですから、約88兆ドルです。


世界銀行による全世界のGDP推計

先進国ではインターネット取引は10%や15%といった水準でしょうが、全世界で見るとおそらくヒトケタ%でしょう。仮に5%とすると、全世界のInternet GDPは 88兆 × 0.05 = 4.4兆ドル ということになります。


もし、この4.4兆ドルの取引から3%の決済手数料を取れるとすると、4.4兆 × 0.03 = 132億ドル となります。Stripe社の評価額は、現在のインターネットGDPの7.2年分(950 ÷ 132)ということになります。

※もちろん、Stripe以外にも決済代行会社は多数いますので彼らのシェアも考慮する必要があります。仮にシェア10%とすると 950 ÷ 13.2 = 72年分のGDPということになるわけで、さすがに評価額が高すぎる印象も否めません。


全GDPに占めるオンラインの比率は、新型コロナウィルスの流行が加速したように、今後もっともっと加速度的に増えていくことが予想されます。こうした環境下で、Stripe社がインターネットGDPを増大させる(上記5%とした割合をもっと増やす、あるいは88兆ドルという全世界のGDP総額をもっと増やすことに寄与する、さらにあるいはその両方)ことができるのであれば、同社の評価額はもっともっと高くあってもおかしくない、と言えるのではないでしょうか。



950億ドルという一見途方もない評価額も、GDPという元来大きな市場概念からブレイクダウンすると、少なくともケタの上ではそれらしい数字であるようにも見えるかと思います。Stripeの現在の評価額はそうした数字に基づいていると言えるでしょうし、現在のサービス内容や利用の容易さを見ていると、こうした計算もあながち的外れとは言えないのでは…という印象です。


Stripeの今後の成長に注目したいと思います。



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